2010年3月30日
今日、建設業許可票が届きました。これで我が社も大きな顔して建設工事に携われます。機械器具設置工事業をしてもいいというお上の許可状です。なんだか江戸幕府みたいですね。なんでもかんでもお上の許可状がいるなんて。なんでも、昭和24年にできた法律だそうです。敗戦後日本は空襲で焼け野原、そこへ家を建てるため、なけなしのお金を建設業者に払っても、持ち逃げする業者が横行していたので、この法律を作ったそうです。詐欺師防止の法律がだんだん成長し、現在の建設業法になったんだとか。民法、会社法で取り締まれないほど建設業には悪人がおおいのかな?いや失礼、昔多かったのかな?でも、今ではこの法律のおかげでお上は大変な収入を得ることができることは確かですね。
でも、まあともかく我が社にも許可が下りたのですからめでたしめでたしですよ。許可証の申請に最大限の努力をしてくれたT君に感謝、それから、申し込み書を取りに行ってくれただけのK取締役にも一寸だけ感謝。
2010年3月27日
日本半導体業界の衰退の話で思い出しました。先日目から鱗の本を読みました。イノベーションのジレンマ 日本「半導体」敗戦 なぜ日本の基幹産業は壊滅したのか? 湯之上隆著 (光文社)です。湯之上氏も元日立製作所の中央研究所に在職され、エルピーダー、セリート等へ出向され、リストラで同志社大学に移り、半導体産業の社会学研究をされて、この本を出版。実に興味深い本です。結論は高品質にこだわり続け、市場の要求をくみ取れなかったために、いや、くみ取っていた人々がいたにもかかわらず、過去の栄光に浸った権力者の長老達がその訴えを聞き入れなかったということでしょうか?まあ、幕末の状況ですので、明治維新が起こらないと日本半導体は復活しないということでしょうか。半導体産業に少しでも関わられている方は是非お読みください。
2010年3月25日
今日は、久しぶりに仙台へ出張しています。東北大学の教授で世界的に有名な小柳光正先生の退職記念パーティーに主席しました。小柳先生はDRAMメモリーのスタックの発明者です。日立製作所の中央研究所で在職中にこの発明をされ特許を取得、この発明は64kビットのメモリーから採用され、128Mビットまで7世代に渡って世界中で利用された技術だそうです。2006年にIEEE(米国電子電気学会)の名誉ある西澤メダルを受賞されています。その受賞記念パーティーにもご招待いただき参加しました。ちょうど私が4年前に会社を辞めて、レナテックを立ち上げたころ、このパーティーにご招待され元気をいただいた思出があります。小柳先生ご苦労様でした。そして、まだ日本の半導体のために頑張ってください。退職後も東北大学に残って、研究を続けられるそうです。
記念講演では、半導体シニア協会理事の牧本次生氏が「半導体産業の発展と衰退」についてご講演をされました。もう一度日本に半導体産業の繁栄を!と最後に半導体を元気づける歌までありました。でも、歌だけではね。景気の良い軍歌を歌いながら敗戦に突き進んだ日本の歴史を思い出しました。
2010年3月19日
我が社始まって以来初めての社員旅行をしました。決算が黒字になったら行こうねとみんなで楽しみにしていた社員旅行です。でも、チョコットの黒字なので、チョコットの社員旅行ということで、会社の近くの箱根湯本で念願の宴会をしてきました。少し儲かったら、北海道旅行で、うーんと儲かったらヨーロッパ旅行です。夢は大きい方が良いですからね。
翌日は、初めての経験で箱根ユネッサンのお風呂にみんなで入ってきました。20代の若者から80代のおじいさんまで混浴風呂に入りましたよ、もちろん水着を着てですが。ユネッサンは、混浴風呂というのかな? 80うん歳の方も温泉ウオータースライダーを滑ってきました。うちの社員はみんな元気だなー。みんな20歳から精神的に年とってないのかも。ってことはみんな「あほ」てことかな? 「あほちゃいまんねん、パーでんねん」って社員から返ってきそうな楽しい仲間です。
でも、無事第1回社員旅行を終えてホットしています。みんなも楽しんでもらえたかな?
いつか、北海道旅行、ヨーロッパ旅行へ行ける日がくるといいな・・・・・
それまで私は生きていられるかなー・・・・・・・
