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ブログ

「社長最後の定時株主総会」8月28日(金)

2015年8月28日

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今日は、社長として出席する最後の株主総会となりました。午後4時から開催された株主総会は、無事すべての決議を賛成多数で乗り切りました。67歳代表取締役定年制に従って、私は、本日の株主総会をもって、代表を退任いたしました。また、同時に63歳役員定年制に従って、岸成好も役員を退任いたしました。岸は、引き続き嘱託として従来の業務に専念をいたします。

株主総会後の役員会で、役員5名が代表取締役選任の投票を無記名で行い、監査役が選挙管理委員となり公正な選挙の結果、代表取締役には、加藤桂が選任されました。

カツラ事務

<加藤 桂>

代表は、交代いたしましたが、今後ともどうぞレナテックの応援をお願いいたします。

加藤 桂

本日をもちまして、社長ブログはいったん終了をさせていただきます。長い間のお付き合いをありがとうございました。思い起こせば2006年から足かけ10年、今期は、レナテックの10周年に当たります。ベンチャーが起業して10年後の生存率は、9%だそうです。10社中9社は倒産するということであります。そうしてみると、当社は相当運が良いということになりそうです。10年前7人で始まった会社が10年後に24名、人数で3.5倍、売上は、15倍に。ベンチャーの10年後の生存率は、9%だそうですが、大化けする確率は、0.3%だそうです。ここまで来たら、0.3%を狙ってみたいものです。どうぞご期待ください。どぶに捨てるつもりで出資してください、でもひょっとすると大化けするかもという詐欺師的なセリフに引っかかって出資をしていただいた皆様に、本当の詐欺師と呼ばれないで済んだことにほっとしつつ退任できたことは、私にとってラッキーなことでした。

稲垣

私は、引き続き相談役として、2年間は、社長の補佐と新規事業の推進に注力をしていく所存でございます。引き続き応援をどうぞよろしくお願いいたします。

では、みなさまありがとうございました、そして、さようなら、0.3%の夢に向かって!

2015年8月28日   稲垣 精一

 

「最後の1週間」8月23日(日)

2015年8月23日

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2006年6月28日、28年間務めた前職を辞めた日です。9年2か月前。足かけ10年。思い返すとアッという間の気もします。28年間務めた会社を飛び出して、ベンチャーを起業、部下6名を道ずれに。ベンチャー会社の生存率は、2年で73%、6年で37%、10年で9%、大化けするのは、0.3%だそうです。91%のベンチャー会社が10年持たずに破綻するということらしいのです。してみると、当社は、相当ラッキーな存在なのかもしれません。ここまで来ると、大化けする0.3%に入ってみたい気もしますね。レナテックに入社した人々も、応援してくださる株主さんもみなさん幸運に恵まれた方々だったのかも・・・・。

当社は、67歳社長定年制を布いています。本田宗一郎が社長を引いたのも67歳。松下幸之助が社長を降りたのも67歳。潮時です。私は、今年の4月に67歳になりました。67歳になった最初の定時株主総会で代表取締役を降りることが役員規定で定められています。この役員規定の変更は、役員会の異議なし!で簡単に変更できなくしてあります。変更するには、無記名投票で全役員の賛成が条件です。全員がごますり役員でも、無記名投票となれば、良心のかけらが心の中で、顔を持ち上げるでしょうから。というわけで、8月28日の定時株主総会まで、あと1週間です。読者の皆様、長い間社長ブログにお付き合いを頂きありがとうございました。後任の社長は、定時株主総会で改選後の役員の、これも無記名投票で選任されます。役員の中で最もふさわしい人が選ばれることでしょう。アメリカの大統領も後任の大統領を指名することは出来ません。これが民主主義ですね。北朝鮮なら後任の国家主席を指名できますが、金正日のように。日本の会社は、大会社といえども、ほとんど北朝鮮状態なのですね。社長からピストルを突き付けられて、異議なし!と叫べと言われている役員会がほとんどではないでしょうか。

「子ども霞が関見学デー」7月30日(木)

2015年7月30日

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文部科学省 生涯学習政策局社会教育課 地域・学校支援推進室といういかめしい名前の部署からの依頼で「子ども霞が関見学デー」に参加協力することになりました。このプログラムは、もともと 東京慈恵会医科大学 分子細胞生物学のM先生が文科省に頼まれたお仕事なのですが、レナテックさんも協力してくださいとお願いされ、いつもお世話になっている先生ですので、「はいよろこんで!」と参加いたしました。本当は、霞が関の文部科学省とやらを拝見したかったのが動機ですが。本日のメインイベントは、M先生の臨時教室です。文部科学省のビルの1室で開講しました。「においの科学」という授業で、小学生21人とその付添い父兄で教室は満員御礼になりました。人気の高い教室ですね。

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文科省の玄関前に光触媒脱臭器の展示ブースも出させていただきました。

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その前をなんとあの時の人、オリンピックスタジアム建設でたたかれている下村文部大臣が見学のために廊下を通過されたのです。事前に文科省の担当官から、ブースに立ち寄られて、ご質問されるかもわかりませんのでよろしくと案内があり、緊張していましたが、素通りでがっかり。でも、文科省ってこんなもんだてわかったので、万年劣等生の私はなんだか安心しましたよ。その後で、担当官から素通りでごめんなさいねとわざわざあやまりのお言葉を頂きました。さすが文科省、いつも父兄につるし上げられているので、謝り方が上手です・・・。でも、楽しい一日でした。M先生、T先生とそのスタッフの皆様ありがとうございました。

「ボストン旅行記その6」7月25日(土)

2015年7月25日

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今日は学会発表の日です。ポスターセッションでの発表となりましたが。

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各国から集まったバイオの研究者が、ボストンで発表できるという栄誉に燃えています。その割には、参加者が少なかったが残念ですが。発表内容の抜粋です。

ポスター発表日本語版(PR用)

「ボストン旅行その5」7月23日(木)

2015年7月23日

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LOWELLという町があります。ボストンから車で1時間ほど離れた町に玉さんが住んでいます。玉さんは、昔ボストンに住んでいましたが、ローウエルに大きな家を買って移り住みました。今日は、ローエルを見学に行きました。

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この町は、メリマック川沿いにあり豊富な水力を使って、19世紀に繊維工業で栄えました。多くの移民や出稼ぎ労働者が工場労働者として集まり栄えました。しかし、20世紀に繊維工業の衰退とともに衰退し、現在はその工場の建物、景観がthe Lowell National Historical Parkとなっています。とてもクラシックなアメリカらしい綺麗な町です。

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アメリカらしいと言えば、この町では、駐車違反を取り締まっている警察官がセグウエーに乗っていることです。なんだか警察官までNational Historical Parkのようです。

 

「ボストン旅行記その4」7月23日(木)

2015年7月23日

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今日は、ボストンから高速で40分ほど走ったウイルミントンという町にあるチャールズリバー社を訪問しました。この会社は、実験動物のブリーダーで、世界的に有名な会社です。実験動物の老舗的なイメージでしょうか?日本でも脱臭器ではいろいろお世話になっている会社です。表敬訪問をしましたよ。

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朝ダンキンドーナッツのお店で、玉さんと待ち合わせをしました。ダンキンドーナッツ、なんだか懐かしい名前です。もう日本では全く見かけなくなりました。しばらくこのドーナッツ談義にお付き合いください。

米国では、ミスタードーナッツはもうありません。全てダンキンドーナッツなんです。ダンキンドーナッツは、全世界で6000店舗をもつ世界最大のドーナッツチェーンだそうです。創業者は、ユダヤ人ウイリアム・ローゼンバーグ。妹の夫ハリー・ウィノカと一緒にダンキンドーナッツを創業しましたが、やがて仲たがいをしてハリー・ウィノカは、ミスタードーナッツをボストンで創業します。日本では、ダンキンドーナッツがセゾングループと提携し、その後吉野家のグループに買い取られますが、最後は失敗して撤退します。ダンキンドーナッツがセゾングループと提携し、日本進出を始めると、ミスタードーナッツのハリ・ウィノカは焦ります。そして、フランチャイズ研究協会の創立者ルビン・エバンス博士に相談をし、それなら、ダスキンの鈴木清一社長がいいでしょうということで紹介をします。そして、来日し鈴木社長に語ったことは、「私どもミスタードーナッツのお店では、お客様に真心を買っていただいているのです。その真心は一つ一つのドーナッツの中にあります。お客様を迎える微笑みの中にも、お店を包む柔らかな光の中にもあります。閉店間際に来てくださるだだひとりのお客様のためにも、私たちはショーケースいっぱいの豊富に品ぞろえしたドーナッツを用意しております。そのために数多くのドーナッツがあまったとしても、最後に来てくださるおひとりのお客様のために尽くすことが私たちの務めだと思っております。」と語ったそうです。鈴木清一社長はおおいに感動して、フランチャイズでこの事業を開始します。その結果現在日本では、ミスタードーナッツの店舗数は、1303店舗。全てフランチャイズで活躍をしています。

しかし、アメリカではその後、1990年にダンキンドーナッツがミスタードーナッツを買収し、すべてダンキンドーナッツになってしまいましたが、現在ダスキンが経営するミスタードーナッツは、アジアを中心に発展をしているそうです。フランチャイズ加盟店を大事する鈴木清一社長の志を引き継いだダスキングループならではのことだと思います。事業はお金より志なのですね。

「ボストン旅行記その3」7月21日(火)

2015年7月21日

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ボストンでがんの研究をされている日本人14名と交流をしました。これもすべて玉さんの人脈です。玉さんは、ボストン在住30年以上。日本から赴任してくる方々のお世話をされています。そのつてもあって、今回学会発表するMetallo-Balanceを皆さんに発表してご意見を賜りました。とても有意義なパーティーになりました。会場はユニオン・オイスター・ハウス。昔、ボストンに到着すると一番に行っていた、ケネディー大統領も愛したロブスターの有名なお店です。

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まあ、イセエビほどは美味しくありませんが。でかいです。

ボストンは、ハーバード大学を中心に、医療関係の研究機関が沢山あります。有名なダナファーバーがん研究所、Brigham and Women’s Hospital、Harvard Medical School、Massachusetts General Hospitalなどなど。ここで研究をしている日本の秀才ドクター達と交流ができたことは、素晴らしいことでした。

「ボストン旅行記その2」7月21日(火)

2015年7月21日

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懐かしきボストン、懐かしき玉さん。玉さんは、松原玉さんという通訳です。7年間私の相棒を務めていただき、それはそれは、すごい助っ人でした。前職での提携先アイオニクスの技術導入に成功したのは、ほとんど玉さんのお蔭だったと今も感謝しています。当時は、GYOKU BLOCKさん。旦那さんはユダヤ人の技術屋さんでした。よく家にも遊びに行きましたし、旦那さんとも二人の娘さんともバーベキューをしたりして交流がありましたよ。でも、今は、訳あって、松原玉さんと旧姓にもどりましたが。

今日の訪問先は、そのアイオニクス社のある場所を通って行くところにあります。玉さんの車に同乗して、アイオニクス社経由で行くことになりました。

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しかし、しかし、…….

訪れたアイオニクスの本社は、もぬけの殻に。貸しビルの看板がでていました。1948年から60年以上も続いた会社だったのですが。私が独立した2006年ごろにGEに買収され、同時に主だった人々もアイオニクスを去りました。その後GEウオーターズと社名を変更して事業継承をしていたのですが。GEが買収したのは、アイオニクスがとても技術力の高い良い会社だったからです。決して経営に行き詰った訳ではありませんでした。一部の株主と経営者がお金に目が眩んで売却をしたのです。私が付き合っていた当時ゴールドシュテインというユダヤ人の社長でした。なかなか人間味のある人で、社員を大事にしていました。誕生会などを社内でするという、なんだか日本的な会社でしたが。その社長がリタイヤし、その後ハーバードビジネススクールを出た新社長がトップになってから、だんだんおかしなことになってきました。ストックオプションを連発し、相当個人的に儲けたようです。その結果が今日のアイオニクスです。なんだか現代のアメリカ社会を反映しているような光景でした。社員のモラールが下がるとこのような結末になるのですよ。経営陣は心しなければなりませんね。

「ボストン旅行記その1」7月20日(月)

2015年7月20日

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さあ、いよいよ懐かしのボストンへ出発です。私は、前職で、ボストンにある純水装置メーカーのアイオニクス社と技術提携をし、技術導入をするという仕事を1997年から7年間行いました。また、ボストンには、他に取引をしている会社がありました。それは、コーニングコースターというフィルターのメーカーでした。その様な訳で、毎年3~4回ほどボストンを訪問していたので、とても懐かしい記憶があります。当時は、直行便がありませんでした。ノースウエストを良く使っていたので、成田からデトロイト経由でボストンへというコースでした。12時間近くかけてデトロイトまで飛び、そこで3時間ほど待ち時間があり、その後3時間ほどかけてボストンへという今思うととても長く疲れる旅でした。しかも、限られた予算で、出張回数を稼ぎたかったので毎回エコノミー席で行きました。当時は若かったのと,仕事に燃えていたので苦にはなりませんでしたが。

今は、12時間ほどでボストンへ直接成田から行くことが出来ます。JAL便が毎日1便飛んでいます。この便は、ボーイング787という最新鋭の飛行機でとても快適でした。でも、社長になった今でもエコノミー格安チケットですが。

ボストンへは夕方6時過ぎに到着をしました。早速タクシーでダウンたんへ。今回のホテルは、ボストンがベストシーズンということもあって、とても高く、ホテルまでエコノミーにしましたよ。

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コプリハウスというホテルで、3Fの部屋は、相当古そうですが、なかなか趣のある部屋でした。アパートのようなホテルでちょっとした自炊もできるのです。その代わり、レストランなどはありません。結局日本のビジネスホテルに泊まっている感覚で、コンビニで朝食を調達することに。幸いセブンイレブンが近くにあり、日清のカップメンがあったので、それを買って毎朝の朝食にしたのです。ありがとうセブンイレブンさん、日清さん。前職でボストンに来ていた時の方がずっとリッチだったなあ・・・・・.

「分析研究センターと学会発表」7月19日(日)

2015年7月19日

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3月に着工した分析研究センターが完成しました。この研究所は、血液の成分からがんの診断をする研究のために建設しました。新たな事業として、この3年間ほど研究に取り組んできましたが、やっと実用化のめどが立ったので、思い切って建設することになりました。そうです2月23日のブログに地鎮祭が載っています。その建物と設備が完成し、稼働を始めましたよ。

いよいよ明日ボストンへ出発します。その研究成果をGlobal Biotechnology Congress 2015で発表します。(発表内容は、ボストン旅行記その6に掲載)

では、成功を祈っていてください。世界をアッと言わせて帰ります。

 

 

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